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地域に眠る可能性。…

株式会社 西粟倉・森の学校 門倉忍さん

 電子部品メーカーで働いていた門倉さんは、 50 歳過ぎで中国に赴任。そこでの仕事は大量消費・大量生産の世界で「利益のために、 渇ききった雑巾を絞るような仕事」だと感じ、日本の田舎でできる仕事を探し始めた。

未経験者だけで始まった、木材加工業

  「家族のために」と慌ただしく働き時間が過ぎてゆき、子どもの成人をきっかけに人生や仕事を改めて考えてみたら、働けるのはあと 10 年くらいだと。これからの 10 年、このままでいいのか。自分がやりがいを持てること、もう少し社会にとってよいことをしたい、という思いがありました。それで日本の過疎地でできる仕事を探していたんです。そのなかで僕の経験が活かせそうな「生産管理」の募集をしていたのが西粟倉でした。

 でもいざ工場に来てみたら、間伐材を使って割り箸をつくると言われていたのに、廃墟みたいなところで製造機械もなければ作り方も誰も知らない。それで日本中飛び回って、吉野の箸作りをしているところに何十回も通って、門外不出のつくり方を伝授してもらったり、製造機械を開発したりしてもがいていました。ところが準備が整ってきた頃に、採算が合わないってことがわかってきて、泣く泣く 1 年で事業縮小しました。

 割り箸のラインを縮小して他の製品の木材加工に人を回すとなると、これが少し厄介。というのも、森の学校は木材の利用だけでなく、地域に雇用を生み出すことも期待されていたから、小さい子どものお母さんといった女性たちがパートで割り箸の検品をしていたんですね。他の製品ラインでも、均一の安定した品質を保ちつつ、パートタイムで働く女性も安心・安全に物を作れる設備を開発する必要が出てきたんです。そこで前の職場で培った生産管理の経験を生かして、女性が安全に関われる製造工程を少しずつ実現してきました。

女性に配慮した職場づくりが 品質を高め、 お客さんの満足につながる

 女性に配慮した木材の生産管理とはどんなことかでいうと、例えばうちのある工程までは男性ばかりなんですが、ある工程からは女性になっています。製材したての木材は、重さの 50 %が水分だから、乾いてきて重さが概ね半分になる頃には女性でも運べるようになるんですね。

 女性は言いたいことを溜めすぎて離職することが多いので、毎日繰り返す単純作業をどれだけ楽にできるか、常に気にしています。作業スペースの広さや高さ、モノの置き方、明るさ。あとは休憩室やトイレの清潔さや、気持ちの引き締まる制服。長く働いてもらうために良い環境を作ることは、間違いなくモチベーションが上がり、事故は減り、生産性は上がり、笑顔も増えてく。

 そうやって女性が気持ちよく働けて、活躍もできる環境を整えられれば、パートタイムでもお互い無理なく働けるでしょ ? そしたら、子どもが小さいときは遠くに働きに行かなくて済むし、他の地域から「小さい子どもがいるんですけどここなら働けそうです」と選んでもらえるようにも なる。

 品質の管理、安全衛生上の管理を両輪に、常にお客さんの要望にオールマイティに丁寧に答え続け て、喜んでもらう。ここに来て 8 年ですが、素晴らしい仕事に関わってるな、ここに来て良かったんだなって思います

働く人が安心できる 環境づくりを 西粟倉から全国へ広げたい

 森の学校の工場は、 20 年近く廃墟状態だったアルバムメーカーの工場を借り受け、 8年かけて門倉さんたちが整備してきた。残るは事務所の改築という状態になった今、賃借料 10 年分で購入させてほしいと交渉したという。

 これまで賃貸で使っていた工場を去年、売ってもらいました。収益とか利益ばかりに注目するんじゃなくて、そこで働く人たちの生活を見守って、その地域の産業として継続できる状 態にしたいから。

 働く人にお給料やボーナスを払って、社会保険も整備して、安心して暮らせるっていう環境をこの西粟倉で作る。そういう環境をつくるのが企業の使命だと思うし、そこに関われ ていることが誇らしいと思ってます。業界としては厳しいんで、めちゃくちゃ儲かる仕事ではないけど、どうせだったら笑顔でやり続けられて、喜んでもらえることをめざしていけるといいね、って話しています。

 そして、国産材のうねりを起こすには西粟倉だけ良くてもダメで、全国で取り組まないといけないとも思っています。それは西粟倉と同じやり方じゃなくていい。地域ごとの特色 とか、考え方、作るものに合わせて アレンジし、買ってもらえる商品、買ってくれた人が喜んでもらえるような商品にすれば、事業は継続できるし、地方でも人が増えると思います。  うちの代表の牧が全国にコンサル行っているのはそのためです。盛り上がる地域を増やして、他の地域とも同じような考え方で仕事ができるようになればと、そう願っています。もちろん簡単なことではないけど、絶対うまくいくと思うんだよね。根拠 はないけど(笑)

西粟倉・森の学校 HP:https://morinogakko.jp/

写真:MOROCOSHI(https://morocoshi.com/) 

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一歩進みたいと感じ…

株式会社ミュウ 小林祐太さん / 細谷由梨奈さん

西粟倉村出身のパティシエの小林祐太さんと、縁もゆかりもない村に移住した細谷由梨奈さん。背景は異なる二人ですが、「今の状態から一歩進みたい」とそれぞれのタイミングで感じ、行動し、現在に至ります。ここ西粟倉で、こだわりの苺のお菓子をたくさんの人に届けるべく日々邁進するお二人に、これまでのことと今感じていることを伺いました。

大学を辞めようと思うほど夢中になった、お菓子づくりとの出会い

– 小林さんがパティシエになったきっかけを改めて聞かせていただけますか。

(過去記事:帰ってきたパティシエ 〜理想を追い求めたらUターンだった〜)

小林:

大学1年生の時に、たまたまバイト先にケーキ屋さんを選んだことですね。ケーキには興味なかったですし、お菓子づくりをやりたかったわけでもないんですけど。ただ昔から料理をするのは好きだったので、どうせなら飲食関係がいいかなあと思ってなんとなく選んだだけだったんです。

大学1年生の時に、たまたまバイト先にケーキ屋さんを選んだことですね。ケーキには興味なかったですし、お菓子づくりをやりたかったわけでもないんですけど。ただ昔から料理をするのは好きだったので、どうせなら飲食関係がいいかなあと思ってなんとなく選んだだけだったんです。

でもいざバイトを始めてみるとめちゃくちゃ面白くて、どんどんのめり込んでいきました。もっとお菓子の勉強がしたくて、早々に大学を辞めてお菓子の道に進もうと本気で思ったんですが、親に猛反対をされてしまって。大学はひとまず4年間通いましたが、その間もお菓子づくりの専門書をひたすら買いあさっていましたね。卒業と同時にそのバイト先に入社して、より実践的な技術を学んでいきました。

– その後もいろいろなお店で経験を積まれたんですよね。

そうですね。最初のケーキ屋さんは実家から通いながら3年くらい働いて、そこから岡山市内のホテルに転職をしました。大型のウエディングケーキや皿盛りのデザートなど、田舎の小さな個人店では出来ないような経験をしたいなと思っていました。

その後も姫路や和歌山へお菓子づくりの研修に行ったり、最初に勤めていたケーキ屋さんが2号店を出すタイミングでまたそっちに戻ったり。様々な環境に身を置いて経験と技術を蓄積していく時期でした。

思いがけず訪れた、地元でパティシエとして働くチャンス

– 各地で経験を積む中、西粟倉に戻ってくることを決めたのはどういうタイミングだったんでしょうか。

パティシエとしてのキャリアも10年を超えてきて、次はどうしようかと考えていた時にthrough meの記事をたまたま見たんです。京都で行列が出来るようなお菓子のお店が、西粟倉で製造拠点を開きますっていう内容で、ビビッときましたね。よし、帰ろう!と。

それがもし、よその地域だったら絶対に「ふ〜ん」で終わってたと思うんです。地元だということと、その時の自分の状況と、やりたい仕事とが全部ハマったのかなって。

そこからすぐメゾン・ド・フルージュの渡部さんに繋いでもらって、京都で面接を受けました。急な転職であまり準備期間がなかったのでとにかくバタバタしましたけど、迷いはなかったですね。

2017年の春に入社し、西粟倉工房で製造から出荷まで自分一人でスタートしました。パートさんにも来てもらっていましたが、回していくのに必死。場を任せてもらってやりがいも大きかったですが、入ってからの1年はとにかくやるしかない、という感じで本当にあっと言う間でした。

このままじゃいけないと思った時、改めて見えてきた「地域」というキーワード

– 工房開設から1年が経った頃、細谷さんがローカルライフラボ(以下、LLL)の研究生として西粟倉村に移住されましたね。まずはその決断に至るまでのことを聞かせていただけますか。

細谷:

大学で工学部を専攻し建築関係の勉強をしていました。

一方で大学の勉強とは別に、まちづくりや地域づくりに関する活動を1年生の頃から大学の外でやってたんです。それが本当に楽しすぎて!ろくに就活もしていなかったので、就職先は先生に紹介してもらった広島の設備設計の会社にそのまま入社しました。

広島に勤めて2年が経った頃、東京オリンピックの開催が決まった関係で東京の部署へ異動になったんです。一級建築士の資格取得の勉強と並行して業務をしていたこともあって、ただでさえ忙しい毎日だったんですが、同じ部署の先輩の一人が急に会社を辞めてしまって。抱える仕事が一気に増え、睡眠時間もろくに取れず、体調を崩してしまいました。

今の仕事は好きだけど、このままじゃいけない。転職しよう、仕事を変えよう、働く環境を変えようと思って。そこで良くある転職サイトを見てみたものの、条件の羅列だけに感じてしまっていまいちしっくりこない…意識高そうな若手セミナーやイベントにも色々行ったりもしていましたが完全に迷子状態でした。

そんな時、友人に「こういうの好きなんじゃないの?」ってLLLの説明会に誘ってもらったんです。大学時代からの仲で、過去に私が「地域」というキーワードで楽しく活動していたのを知っていたので。

地域で働くのに、「特別」である必要はない

– 西粟倉のことはそれまで知らなかったのに、移住しようと思えたのは何が決め手だったんでしょうか。

田舎で働くには何か飛び抜けたものがないといけないイメージがありました。何かが猛烈に好きだったり、強烈な動機づけがあったり。そういうのがないとダメなんだって。

でもその時のLLLのイベントの中で、「私を使って欲しいですって売り込みに行くのでもいいんですよ」っていう話があって。あ、それでもいいのかって、自分の中にあった地方で働くことに対する高い壁が下がったんです。それで応募しました。

なので本当に、何したいとか何しようとかも全くない状態で西粟倉に来ましたね。

2018年の4月にLLLの研究生として村に来て、村内の色々な事業所を回ってお話を聞かせてもらう機会がありました。たまたま渡部さんもその回の一人で、苺への愛を語るキラキラオーラにすごく惹かれたんです。加えてとびきり美味しい苺を食べさせてもらったものだから、完全に心を奪われてしまって。こんなにも味の濃い美味しい苺というのをそれまで食べたことがなかったから。

そこで渡部さんにお願いをして、研修というかたちで働かせてもらえることになりました。小林さんが入社して約1年経った頃ですね。

– お菓子工房というこれまでと全く異なる分野で働くことになったわけですが、工房ではどういった業務を担当されているんでしょうか。

事前に役割が用意されているのではなく、出来ることから始めていく感じでしたね。そもそも私にはお菓子が作れないのにいいのかな、と思っていたんですが、最初はお中元の発送の管理や簡単な経理からやらせてもらっていました。

前職でも自分が部下を持って仕事をするようになってから、人がやっていることや今あるやり方を、より上手くいくにはどうすればいいだろうって考えることが好きだし興味がありました。工房での総務経理業務やプロジェクト管理業務などを通して、建築設備設計の経験で培った「組み立てる」スキルを少しは活かせているかなと思っています。LLLの1年間の活動期間を終えて、今年の春からは「企業研修型の地域おこし協力隊」として、引き続きここで働かせてもらっています。

– 最後に、今感じていることやこれからの目標を聞かせてもらえますか。

小林:

自分の中で西粟倉に帰ってくるということが、これまでの自分の集大成というか、一つの区切りとして感じている部分はあります。外でいろんな経験や学びを得て帰ってきた今の自分の姿を、ここでのお菓子づくりを通して、親や地元の皆に披露じゃないけど見てもらって、食べてもらって、何より喜んでもらえたらいいなと思ってやっています。

あと、僕は長男なので、家に残らないといけないなっていうのが頭の中になんとなくずっとあって。親にどうのこうの言われたわけでは全くないんですけどね。よくある「地元を出たい!」みたいな感情もこれまで特に抱いたことはないですし、西粟倉のことはそもそも好きなんだと思います。

これからももちろん技術を身につけることに対しては日々努力が必要だし、もっと勉強していきますが、最近こちらの工房に配属になった後輩のパティシエに対しても自分が15年やってきた経験や技術を伝えていきたいです。

細谷:

私の仕事内容はサポートの部分が主なので、メインである製造部門が滞りなく仕事ができるような、ある意味空気みたいな働きをしたいなと思っています。私もまだまだ失敗が多いのでなかなか空気にはなれていないんですけど…(笑)

本店の京都とのやり取りや百貨店とのやり取りなど、間に入ることも多いので、繋いでいる立場として現場がスムーズに回るように仕事が出来ればいいなって思っています。1年間の流れを一回り経験してだいぶ内容がわかって来たので、見えてきた課題の解決はもちろん、良いところは更に伸ばしていけるような提案や業務設計をしていきたいなと思っています。

渡部さんや小林さん、他のスタッフと、そして自分自身のために、周囲を笑顔にする楽しい環境づくりを目指していきます。

– パティシエとしての更なる経験と挑戦の場として、西粟倉に帰ることを選んだ小林さん。もう一度人生を見直そうとこの地に飛び込み、自分が出来ることを見つけて一歩ずつ前進してきた細谷さん。そんな二人が想いを込めて一つひとつ丁寧に仕上げ、届ける苺のお菓子は、美味しさの奥にきっと優しい味わいがするはずです。

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暮らしのそばに「美…

ablabo. 蔦木由佳さん

西粟倉村で「ablabo.」として油の製造・販売を行う蔦木由佳さん。数々の困難や挫折を乗り越え、正式創業から3年が経った今も、溢れんばかりの油への愛は今も変わらずむしろ深みを増してきています。彼女が様々なアプローチで丁寧に伝え続けている「美味しい油がある暮らしの豊かさ」。今だからこそ見えてきたこの先の未来像を伺いました。

料理の楽しさに改めて気づかせてくれた油との出会い

– どうして「油」で起業をしようと思ったのか改めて聞かせてもらえますか。

一番の理由は、ただただ油が美味しかったから。

もともと食べ物にまつわる仕事をずっとしたかったんです。飲食店なのかもしれないし、そうじゃないかたちかもしれないしっていうのをふんわりと思っていて。

そんな中、縁あって西粟倉にやってきて、当時勤めていた西粟倉・森の学校でカフェの運営を任せてもらえることになったんです。ずっとやりたかった食べ物に関する仕事で嬉しいはずが、いざやってみると全然楽しくなくて。しんどかった。自分の料理がそんなに美味しいとも思えなくなってくるし、料理を作ってその対価としてお金をいただくという行為自体に全く喜びを感じなかったんです。日々のメニュー作りも、料理をすること自体にも違和感というか楽しみを見つけられないでいました。結局そのカフェも半年少しくらいで閉めることになって、やりたかったはずの食べ物に関する仕事なのに、全然できないな、なんか違うなとモヤモヤしていました。

ちょうどその時期に友人と小豆島に旅行に行く機会があって、たまたま搾りたてのオリーブオイルを味見させてもらったんです。それが本っっ当に美味しくてびっくりして。油にも鮮度があって、油に「味がある」っていうことを初めて認識した瞬間でした。早速そのオイルを買って帰って家で料理をしてみたら、自分の料理が美味しくなった気がしたんです。それでまた、やっぱり料理って楽しいなって思い直すことができました。

そこから油の世界にどんどんのめり込んでいきましたね。食べ物で何か仕事をしたいと模索する中で突如現れた「油」というキーワードが自分の中でハマった気がして、「油屋になろう」と決意しました。

「美味しい油」を手触りをもって伝えていくこと

– 今のablabo.が特に力を注いでいることは何でしょうか。

油屋をやっていくにあたって、最初は小売店や卸屋さんのようにいい油を集めたセレクトショップのような業態をイメージしていました。それが、昔ながらの製法でたった一人で油を絞っている90歳のおじいさんに出会ったことをきっかけに、そもそもいい油をつくる人がこの先いなくなっちゃうのかもしれないと気づいたんです。その方に弟子入りをして搾油の技術を学び、油の製造から販売までを行う今のかたちになりました。

「作って売る」がablabo.における一本の筋で、油の研究も好きだしスタッフが入ってくれたこともあって製造における大きな困りごとってなかったんです。ただ……思ったほど油が売れなくて……。自分はすごく油が好きで「こんな美味しい油できたら売れるに決まってるじゃん!」って思うのに、そんなに簡単にはいかないというか。「油が美味しい」という言葉がそもそもそんなに通じないわけです。

油を売る前に、「美味しい油」ってこういう味や香りがするんだよとか、こういう風に使うといいっていうことをもっと発信していかないと、誰も買ってくれないし誰も楽しめないんだということに気がつきました。そこからはイベントをすることが増えて、油の勉強会をしたりお客さんと一緒に油を絞るワークショップをしたり、私がおすすめの油の使い方を見せながら料理を作り、みんなで食べる会を開催したりしました。実際に油の使い方をその場で見せて味わってもらうとお客さんの目の色もすごく変わるし、「自分でもできるかも」って思って手に取ってもらえることがすごく増えました。地道ですけど今はそうやって対面で一人でも多くの方に油のことを知ってもらうことが大切だと思っています。私もそれが楽しいし、喜びなので(笑)。

料理を優しく下支えしてくれる油という名脇役

– ablabo.の油の良さや他との違いって何でしょうか。

よくある油って基本的には大量生産大量流通しなくてはいけないものだから、味の均一化が求められます。味のばらつきはむしろクレームになってしまう。

一方でablabo.の油は農家さんから種を仕入れて焙煎して圧力をかけて種を絞るという、ジュースに近いようなつくり方をしています。そうすると原材料によって味が変わることがままあるわけで、その点はワインの世界とよく似ているんです。今年の原材料の出来がこんなのだったから今年のワインはこういう味になりましたっていうのが、油の世界でも本当は同じようにある。小さい油屋だから出来ることでもあると思うんですが、今年はこういう美味しさっていうのをあえて作るようにしています。そういう風にして出来上がる油は滋味深くて、噛めば噛むほど美味しいんです。

一口食べてパッと油の存在に気づくほどの主張はないけれど、料理の美味しさをしっかりと下支えしてくれていて、一口また一口と箸を進めるほどにしみじみ美味しい。

うちの油に限らず、薬品を使わずに手絞りされた油のいいところだと思います。

なんでablabo.の油なのってなったときに、無農薬の原材料を使ってるとか、抽出に薬品を使ってないとか、地域で作ってるものだからとか、いろんな要素があるにはあるんですが、

何より「心に響く美味しさ」みたいなものを表現できるのは、原料を大事にしてしっかり作っている油屋さんだなと思うから。そういう違いを楽しんで欲しいなと思っています。

暮らしのそばに「美味しい油」がある未来

– 最後に、今後の展望を聞かせてもらえますか。

いちメーカーとして、美味しいものを作り続けることはもちろん大前提だし、もっともっといろんな人にablabo.の油を使って欲しいと思っています。

加えてうちだからこそできることかもしれないなって思っていることが一つあります。農家さんに持ち込んでもらった種を絞ってオリジナルの油としてお返しするOEM的な受け入れを始めたんです。これが思いの外多くて、繁忙期は1日2交代制で絞らなくちゃいけないくらいいろんな人がいろんなものを持ってきてくれて。西粟倉やその近隣地域って油の産地でもなんでもないし、そんなに目立った農業地帯というわけでもないのに油を絞って欲しいっていう需要がこんなにあるのかと正直驚きました。

油は鮮度が命ですから、絞ってからなるべく時間が経たずに食べた方がいい。全国からいろんな種をablabo.が取り寄せて絞って返すっていうよりは、いろんな地域に小さな油屋さんがたくさんあった方がその地域のためになるなと強く思っていて。

共同精米所みたいな感じで地域で使える搾油所があって、そこにいろんな人が種を持ち込んで、今年の自分の油はこんな味だって楽しんでもらえる。そんな拠点が全国に増えたらいいなと本気で考えています。うちもやりたいって言う人がいたら技術提供も無料でしたいと思っています。

一企業としてもちろんもっと稼いでいかなきゃいけないし、さらに質の高い油を作っていかないといけない。けどもっと広い目で見た油の未来のためにablabo.の枠を越えた活動も実現していきたいと思っています。もちろん一人じゃ出来ないので、油屋のネットワークをもっと繋げていって仲間を増やしていきたい。それがablabo.としての使命でもあるし、油が大好きな私の望む未来でもあるんだろうと思います。

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