新シリーズ【百年の森林を学ぶ】第一弾『ゴリラから人間を考える』山極寿一さん【後編】

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ゴリラ研究の第一人者として知られ、京都大学前総長であり、現在は総合地球環境学研究所所長を務める山極寿一(やまぎわ・じゅいち)さん。

山極さんがゴリラを研究した理由は、「人間から一歩離れて人間を見つめてみたかったから」だそう。サル学を志し、後にゴリラ研究を専門にしました。

そんな山極さんが、エーゼログループ株式会社の「未来の里山研究会」の講師として西粟倉村を訪れ、講演をおこないました。

今回は、その山極さんの講演内容の後編です。(前編はこちら)

エーゼログループ株式会社 未来の里山研究会

共感能力の起源

なぜ共感能力を高める必要があったのか?
それは私は、共同の子育てにあると思っています。それはね、ゴリラと人間の子供の育ち方を比べてみるとよくわかります。ゴリラはね、大人になるとオスは200kg、メスは100kgを超えますよ。でも生まれた時は1.6kgしかないんですよ。すごく小さい。3年〜4年お乳を吸って育ちます。1年間お母さんは赤ん坊を腕から離しません。だからゴリラの赤ちゃんは絶対泣かない。すごく大人しいです。

人間の赤ちゃんの特徴

人間の赤ちゃんって太っているじゃないですか。3kgを超えることも不思議じゃない。そしてよく泣き、よく笑うでしょう。大きな体で生まれるということは成長して生まれてくるのかと思ったら大間違いで、自力でお母さんに捕まらないくらいひ弱ですよ。でも成長遅いでしょう。そして、にも関わらず、乳離れだけは早い。1歳2歳でお乳を吸うのをやめちゃう。なんでやねん。これゴリラだけじゃないんですよ。ゴリラと同じような類人猿も人間と違うんです。

人類の成長段階の特徴

グラフを見てください。

出典:クオリア京都 – 第8回クオリアAGORA 2016/肥満のホントの理由とは!?

1番上に並んでいる数字は年齢です
色分けしてある棒グラフは、一生の間に経る成長段階。
乳児期:おっぱいを吸っている。
子ども期:★
少年期:離乳して大人と同じ硬いものを食べている。
青年期:★
成年期:繁殖をしている。
老年期:繁殖から引退。

人間だけが変な時期が紛れ込んでいる。それはね、オランウータン、ゴリラ、チンパンジーといった類人猿は、離乳した時に永久歯が生え揃っているから、大人と同じもの食べられるんですよ。で、皆さんご存知のように、赤ちゃんは離乳しても乳歯ですよね。永久歯が生えてくるのは6歳、だから本来なれば、人間の子供って6歳までお乳吸っていていいんですよ。早めに離乳させられてしまっている。あるいは離乳してしまっている。
なぜか。

そして青年期という変な時期がある。これは繁殖能力がついたのに繁殖しない時期、繁殖できない時期がある。人間だけにある。

そして老年期が長い。
この3つが組み合わさって人間の社会というのは作られているんですね。

早期離乳の理由

じゃあなんでこんなに早く離乳させられちゃっているのかと言ったら、人間の祖先だけが安全な熱帯雨林を出て危険な草原に出ていったからです。草原は木が生えていませんから、肉食動物から襲われたら逃げ場所がない。ゴリラ、チンパンジーやオランウータンは木に登れば助かるんです。人間は木に登れない。だから初期の時代はたくさん子供が殺された。

人類の繁殖戦略と共同保育の必要性

だったら他の餌食になる動物と同じように、たくさん子供を作る必要が出てきた。子供を作る方法には2つあります。一度にたくさんの子供を産むか、あるいは出産間隔を短くして、一産一子だけど何度も子供を産むかです。人間は後者を選んだ。そのために、本来ならおっぱいを吸っている赤ちゃんを、早くからおっぱいから引き離して、プロラクチンというお乳を促すホルモンを止めて、そして次の子供を産む準備をしたんです。それが未だに続いている。

だから人間はこれまで多子の社会を営んできた。そのために高齢者が必要だったんですね。そういう社会がつい最近まであったということを覚えておいていただきたいと思います。

赤ちゃんの特徴と脳の発達

じゃあなんで重たい赤ちゃんを産むのかって言ったら、脳が大きくなり始めたからです。脳の成長を優先したために身体の成長を遅らせたんです。重たい赤ちゃんという重さは何かって言ったら、分厚い脂肪に包まれて生まれてくるということなんですよ。それは脳の成長を助けるため。脳も脂肪ですからね。

人間の赤ちゃんって生後1年間で脳が2倍になるんです。ゴリラの赤ちゃんは生後4年間で2倍になる。だから4倍のスピードで人間の赤ちゃんは脳を発達させる。そのために脳に栄養が行き届かないと困るから、分厚い脂肪をあらかじめバッファーとして体に巻きつけて生まれてくる。そして身体の成長に使うエネルギーを脳の成長に回します。だから身体の成長が遅れるわけです。

思春期スパートと共同体の形成

その結果何が起こるかというと思春期スパートという現象が起こる。

出典:Childhood, adolescent, and longevity: A multilevel model of the evolution of reserve capacity in human life history [Barry Bogin]

図は、横軸は年齢で、縦軸に1年間の間に伸びる身長の割合、つまり身体の成長速度が書かれています。緑色の点線が女の子で、赤色の実践が男の子。
そうすると、左上、生まれた直後は身体の成長はどんどん早いんですね。だから上の方にある。でも身体の成長に使うエネルギーを脳の成長に取られるから、どんどん身体の成長速度は下降します。5歳ぐらいで緩やかになって、12歳〜16歳で脳の成長がストップすると、今度は身体の成長にエネルギーを分け充てることができるようになって、グンと成長がアップする。女の子が男の子より2年早く、男の子のピークが高い。そういう特徴を持ってるわけですね。

これは危ないんですよ。心身のバランスが崩れて病気になったり、精神的に病んだり、事故にあったり、大人とのトラブルに巻き込まれたりする。だから、その時期、長い離乳期と思春期スパートの時期を親だけでは支えきれなくて、みんなで共同保育をしなくてはならなくなった。赤ちゃん・子供を育てることができないから、複数の家族が集まった共同体というものができた。この共同体が未だに人類の社会の基本になっています。

共同体と新たな社会性

この共同体ができた時に、新たな社会性がまた芽生えました。それは何かと言うと、自己犠牲を払っても共同体に尽くすという精神です。ゴリラもチンパンジーも、どちらか1つしかできないんです。なぜかというと、家族というものと共同体というものは編成原理が違うわけですよ。家族は利益を求めずに奉仕し合う。でも、共同体というのは、互酬性と言って、何かしてあげればお返しが来る、そういう間柄でしょう。

共感性と移動能力

これは時として両立しません。だからこれを両立させるためには高い共感性が必要だった。しかもこの社会性を手に入れたために実は人間はこの共同体を離れても、またその共同体に戻れる。他の共同体を点々として、また自分の共同体に戻っていけるという移動の能力を身につけることができた。ゴリラを始めとする動物は、一旦集団を離れたら元の集団に戻れません。他の集団にもなかなか入っていけない。でも人間は安々と行ったり来たりできるわけでしょう。それは自己犠牲を払っても集団に尽くすという能力を誰もが分かっているからですね。だから受け入れる、入れる、そういう社会を作ったんです。

音楽的コミュニケーションの役割

そしてその時に役立ったのは音楽というコミュニケーション能力です。人間はね、自力でお母さんに捕まれないほどひ弱なのに、体重が重たい赤ちゃんを複数持つようになってしまった。だから赤ちゃんをどっか置いちゃうんです。あるいは誰かに預けちゃう。だから、お母さんから離れる赤ちゃんは泣くわけですね。

インファント・ダイレクテッド・スピーチ

その赤ちゃんを優しく保護しようとして離れて音楽的な声を投げかける。それをインファント・ダイレクテッド・スピーチ(Infant-Directed Speech)と言うんですね。その声を赤ちゃんは絶対音感の能力を持って聞いている。で2〜3歳で言葉を喋るようになると、この絶対音感の能力は消えます。しかもインファント・ダイレクテッド・スピーチと言って赤ちゃんに掛ける音声は世界中の言語で共通の特徴を持っている。ピッチが高く、変化の幅が広く、母音が長めに発音されて、繰り返しが多いという特徴を持っているんです。

音楽的コミュニケーションの発展

だから英語で話しかけても日本人の赤ちゃんはそれを聞いてくれます。それが大人の間に広がって音楽になったと言われています。言葉が入っていませんよ、音の楽です。で、それはあたかもお母さんと赤ちゃんの間に生じるような効果を生んだ。何か、お互いの間にそびえる壁を崩して一体化して、1人ではできない艱難辛苦をみんなで乗り越えていこうという社会力です。これが人間の社会を強くしたんですね。

言語の創出

だから簡単に言ってしまうと、ゴリラやチンパンジーと同じような、対面するという交渉から始まって、食の共同や子育ての共同を通じて、音楽的コミュニケーションを発達させ、それを相手の気持ちだけではなくて、相手の意図を読むという心の理論と言いますけども、そこまで発達して認知能力を高めて、それが言語の創出に繋がったんじゃないかと思うんですね。

出典:https://www.brh.co.jp/publication/journal/115/talk/keynote

言語の特徴と限界

その上で言葉がもたらしたものは、すごい大きいんですよ。だって言葉って重さがないから持ち運び自由じゃないですか。遠くにあって自分の目で見えないものを言葉にあって伝えることができるし、過去に起こってしまって自分が体験できなかったことを言葉で伝えることができるでしょう。そして名前をつけて物語にして仲間と共有し、それを現実にはない物語にすることだってできるわけじゃない。ですからものすごく大きな力を持ってしまった。

人間の本質

でもね、私は言葉というのが人類の進化が99%は言葉がなかったということを考えると、人間の本質は、やっぱり音楽的コミュニケーションで結びついた身体の共鳴による共感力だと思います。そして家族と複数の家族を含む共同体という重層社会をきちんと見極める高い認知能力。で、そこの中に芽生えた様々な音楽的なコミュニケーションは実は小規模な社会の暮らしに適応しています。

情報社会と文化の課題

その後に登場した言葉というものは、その小規模な社会や文化をつなぐ役割を果たしたんだけど、でもソーシャルキャピタルという信頼できる仲間の数は広がっていかないんです。これが現実です。だから1万2000年前に始まった食料生産と定住、所有を原則とした社会というのは我々のまだ心にも体にも馴染んでいないんじゃないか。我々は未だにシェアリングとコモンズ、共有財で暮らす暮らし方の方に幸福感を感じるんではないかと思っているんですね。

技術革新の影響

農耕牧畜がもたらした利益は大変大きいです。しかし農耕牧畜が集団化の争い、そして国家集団の規模を大きくしたことは事実ですよね。産業革命は新しいエネルギーをもたらしました。でも人工環境と時間の管理をもたらしたことも確かなんですね。そして緑の革命、これは農業を工業化しました。今我々が直面しているのは通信情報革命。だけど、これは一体何を我々もたらしてくれるのか。

意識と情報の分離

脳は意識の部分と知能の部分があります、これが分かちがたく結びついて、我々の判断力をもたらしている。それが情報革命によって知識の部分だけを外出しにして、その情報を人工知能によって分析するという技術になってしまった。でも意識の部分、感情の部分というのは外出しにできません。情報にならないから、そういうものを使う直感力や情緒的社会性が、どんどん今の社会では希薄になりつつあると思っています。

未来への提言~命と命の繋がり~

考え直さなければならないのは命と命の繋がりです。これはバクテリア、ウイルスも含めて、その繋がりをしっかり見据えた上で、新しい人間の暮らしを築かなければならない。でも、我々は今、現実よりフィクションに生きています。

SDGsと文化の課題

SDGSという17の目標と169のターゲットがあって、これは全部数値目標化していますが、これは素晴らしいことだと思います。世界中の人間が同じ目標に向かって邁進するのはね。だけど人間が生きる上で不可欠なのにSDGsに無いがあるんです。
何でしょう?
文化です。文化というのは意識と同じで数値化されません。心身に埋め込まれた価値観なんですね。

文化的多様性の重要性

生産はいっぱいありますよ。その生産物によって我々生きているか。それは価値観によって作られたもの、価値観そのものは外出しにできない。でもこれは非常に重要なものです。私が今いる地球研、総合地球環境学研究所というのは、地球環境問題というのは「人間の文化の問題である」と言い切って始められたところで、2001年に作られたんですが、同じ年「文化的多様性に関する世界宣言」がパリのユネスコ総会で採択されている。

文化的多様性の本質

これはね、とても重要なことが書いてあるんですよ。「生物的多様性が自然にとって必要であるのと同様に、文化的多様性は交流革新創造の源として人類に必要なものである」。2条飛ばしますけど第7条は、「創造は文化的伝統の上に成し遂げられるものであるが、同時に他の複数の文化との接触により開花するものである」。文化というのは個性的でなければいけない、多様でなければいけないが、内向きであってはいけない。他の文化と接触しなければ創造性は生まれない、と言っているわけです。

現代社会の課題

まさにその通りですよね。今世界で起きていることは何かって言ったら、世界中に張り巡らされた通信情報機器によるプラットフォームによって我々の個人情報が吸い上げられ、同じような方向に誘導されているということです。それによって文化はどんどん一元化しています。無国籍化しています。無国籍化しているからこそ、世界中で格差が広がって、みんな富める国へ富める国へと移動し始めている。

信頼社会から契約社会へ

その理由は何かって言ったら、我々が人と人とを信頼することをやめてしまったからです。人と人とが信頼して作ったのは信用社会ですよね。だけど我々が今作っている社会は契約社会です。契約社会というのは制度やシステムを強化することによってもたらされている。皆さんがたくさんそのクレジットカードを持っているというのは、これは契約です。制度やシステムと契約しているわけですよ。

制度やシステムの限界とレジリエントなつながり

でも向こうに人間はいないんです。制度やシステムがあるだけ。それが崩れるとそのカードは無効になってしまう。でも人が信用している社会であれば、例え自分の身近にいる人がいなくなったとしても、その人が持っているネットワークがまた自分の元にやってくる。レジリエントなんですね、それを忘れてはいけない。

日本で言えばこれまで人と人とを結びつけてきた3つの縁、地縁、血縁、社縁というのが喪失したからです。でも、そういう縁なしには人は生きていけないから、様々なテンポラルな縁を求めて彷徨っているわけです。それが祭事やイベントへの参加となって現れている。

社交とその再構築

そうであれば、我々は新たに社交というものを再構築しなくてはいけないのではないかと思うんです。じゃあ社交って何かって言ったら、2年前に亡くなられた日本の劇作家の山崎正和さんが良いことを言っています。
「社交する人間」という本を書いているのですが、
「社交とは人間のあらゆる欲望を楽天的に充足しつつ、しかし、その充足の方法の中に仕掛を設け、それによって満足を暴走から守ろうという試みである」。
「社交というのはリズムである。作法というのは人間が自然らしく交流するために必要なものである」。
そして最後、「行動の全体がまるで音楽のように一つの緊張感で貫くのだ」。
これは、私がさっきコミュニティの中では音楽的なコミュニケーションが人々を結ぶと言ったのと同じことでおっしゃっているんですね。山崎さんは「文化とは社交である、社交とはリズムである」って言っているんですね。

里山の意義と未来

里山の再利用は、これからの人間社会を考える上で非常に重要な場所です。それは、物と人、物と物、人と人との関係性と循環というものを考えなければならないからです。

里山というのはパラレルワールドの入り口なのです。別の世界の入口として我々は里山を利用してきました。そして里山というのは、普段我々が住んでいる「ケ」の世界の常識を乗り越えられる、間(あいだ)の世界を作ってくれます。どちらでもあり、どちらでもないというような曖昧模糊としたものを我々の精神の中に植えつけてくれる。これが、人間が生きる上でとても重要なのです。「ハレ」の世界と「ケ」の世界の間にあるということであって、人間の本質を自然と文化の両方から見直せる場所なのではないでしょうか。

これが里山についての私の一時的な答えとなります。

山極 壽一(やまぎわ・じゅいち)

総合地球環境学研究所所長。京都大学理学部卒、同大学院理学研究科博士課程退学、理学博士。 (財)日本モンキーセンターリサーチフェロウ、京都大学霊長類研究所助手、京都大学理学研究科助教授、教授、同大学理学部長、理学研究科長を経て、2020年9月まで京都大学総長を務める。日本霊長類学会会長、国際霊長類学会会長、国立大学協会会長、日本学術会議会長、環境省中央環境審議会委員、内閣府総合科学技術・イノベーション会議議員を歴任。2021年4月より総合地球環境学研究所所長を務める。鹿児島県屋久島で野生ニホンザル、アフリカ各地でゴリラの行動や生態をもとに初期人類の生活を復元し、人類に特有な社会特徴の由来を探っている。新著に『共感革命 社交する人類の進化と未来』(河出書房新社)がある。

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